3月コラム ハープサル その2
Tere!(テレ=エストニア語での一般的な挨拶)
yourmarks.inc コラムニスト、エストニア在住の菱田です。
さて3月のコラムでは(2月のコラムと立て続けになってしまいました、申し訳ありません…)、前回から引き続きエストニアのリゾート地であるハープサル(Haapsalu)に家族で1泊旅行に行った時のことを書き綴りたいと思います。
後半では、ハープサル2日目と自宅に帰るまでを書き綴りたいと思います。
それではどうぞ!
2日目は、近くのカフェで朝から営業しているところもあったのですが、2人の子連れでチェックアウト前ギリギリまでゆっくりしていたかった私たちは、昨晩スーパーマーケットで買った朝ご飯をチェックアウト前にホテルでゆっくりと食べました。
そのあとチェックアウトを済ませて(と言っても、無人だったので伴を郵便受けに入れるだけでしたが…)、旧市街の通りからハープサル城を遠目に見て(中まで行きたかったのですが、寒かったのと疲れていたのがありパスしました… またいつかリベンジしてみたいと思います笑)、近くのお土産やさんを物色しました。
ーハープサル城の外観、13世紀にÖsel-Wiek司教座として神聖ローマ帝国のハインリヒ7世が司教座の中心として、エストニアの西側にあるリフラ(Lihula) 、パルヌ(Pärnu)の後継都市としてハープサルに城を建設するよう命じました。
ーお土産屋さん、ハンドメイドの木工品がたくさん売っていて店内は木のいい香りが充満していました。
ーハンドメイドの櫛
ー様々な木材で作られたカラフルなカッティングボード
ー港町でもあるハープサルをイメージさせるように、店内には様々な漁具が飾ってありました。
お土産屋さんのあとは、車で海の近くまで行き凍っている海を眺めて、旧ハープサル駅をちらっと覗いて帰路につきました。
ー写真の右半分は海になっています。バルト海の塩分濃度はかなり低く、ある程度の気温になると簡単に海が凍結します。 少し話がそれますが、エストニアにはアイスロードと呼ばれる道路が、極寒季の凍結した海上に設定されます。アイスロードではシートベルトをしてはならない、海上路で停止してはいけない、などなど特殊なルールがいくつもありますが、これについてはまたの機会に詳しく説明しようと思います。
ー旧ハープサル駅 今はもう電車が通っておらず、エストニア鉄道博物館として残されています。エストニア・フィンランド・ドイツ合作の映画 ”こころに剣士を” のロケ地としても知られています。実際に乗客が使っていたのは1995年の9月までで、その後2004年まで貨物列車用の駅として使用されていました。
帰り道では、行きに来た道とは違い首都のタリン経由で家まで帰りました。所要時間はおおよそ3時間ほどでした。帰り道の途中のリスティ(Risti)に目をひく電柱があったので、写真撮影をして少し見学しました。 銘板によると、この電柱はBog Fox (Soorebane) という名前で、2020年にエストニア初のデザイン電柱として製作され、高さ45m重さ38トンを誇るこの電柱は、実際に330/110kV高圧電線用電柱として使われているようです。
思い返せば、エストニア 第二の都市のタルトゥ(Tartu)に向かう際の、タルトゥ国道沿いにも同じようなものがあったはずと思い、後日タルトゥに用があった際に確認しに行きました。
銘板によると、こちらはBog Crane (Sookurg)という名前で、2022年に前出のBog Foxと同じシリーズとして製作されたもので、高さ44m重さ18トンを誇るそうです。 こちらは、バルトータルトゥ高圧電線の一部で、バルト諸国の送電網をロシアからの送電網から切り離して、大陸ヨーロッパの送電網の一部として接続させて、バルト諸国をロシアの影響から脱却する戦略的プロジェクトの一部だそうです。
ーBog Fox(Soorebane)
それではまた次回のコラムで、
Nägemist! (ナゲミストゥ=エストニア語でのさようなら)