2025年1月コラム 「エストニアの医療システムについて」

Tere!(テレ=エストニア語での一般的な挨拶)
yourmarks.inc コラムニスト、エストニア在住の菱田です。
またもコラムの更新にかなりの期間が空いてしまい、誠に申し訳ありません…
今回は、エストニアの医療システムについて何回かに分けて書き綴っていこうと思います。

写真:公共の建物内に、複数の家庭医が入ってるタイプの病院-1

まずはあまり知られていないエストニアの医療制度の基本について。
エストニアは旧ソビエト構成国として知られていますが、医療システムは北欧型と呼ばれるものになっています。
基本的には、近隣の北欧諸国に見られる健康システムに似通ったようなシステムで、国民皆保険制度を原則に主に税金により運営されており、基本手数料などを除き受診は無料が原則です。住民の多くが公営のエストニア健康保険基金(Haigekassa)による保険制度に入っています。
ここで国民皆保険が原則と書きましたが、実際にエストニア健康保険基金に加入しているのはフルタイムワーカーや会社員、未成年、学生、公式に無職の方(無職である正当な理由、継続して公営の職業案内所で意欲的に求職中などの条件があります)、妊娠中の方と3歳未満の子供がいる家庭の片親(国の補助金を受け取っている方の親(エストニアでは片親のみが月々の補助金を受け取れます)、(条件が他にもあるのですがここでは割愛させていただきます))、年金暮らしの方々などです。
エストニアでは雇用主が雇用者の保険料納付の義務を負うようになっているため、フルタイムワーカーや会社員は保険が適用される一方で、フリーランスや起業家の場合は個人で社会保険料を支払わなければならず、その割合も税引き前給料の33%と高額(ちなみに所得税は一律22%、社会保険料と合わせると合計55%)です。そのためフリーランスや起業家の中には、公営の社会保険に加入せずに各保険会社が提供する民間保険や、最悪の場合無保険の人も一定数います。
また、日本の健康保険が基本的にどんな私立・公立病院、歯科医、緊急外来などを問わず利用できるのに対し、エストニアの公営の社会保険で利用できるのは公立の総合病院と私立の家庭医(Perearst)、緊急外来、ごく一部の公営社会保険提携専門医のみになっています。
歯科医に関しては、未成年のみ手数料5€を除き自己負担無しで受診できるのですが、公営の社会保険から各歯科医への年間支払額に上限があるため時期によっては受診を断られるケースがあります。
実際に、私の娘も去年の11月に歯科受診しようと思っていたのですが、受診予定だった私立総合病院内の歯科医が支払額の上限に達してしまったようで、年内の受付を基本的には停止していました。
ここで基本的にと書いたのは、支払額の上限に達した後でも、自己負担100%の場合は受診ができるからなのですが、基本的には翌年まで待つか、まだ支払額の上限が余っている歯科医を探すかの2パターンだそうです。
また、一部無保険の人がいると書きましたが、保険未加入の場合でも私立病院に受診できない、家庭医を登録できない という訳ではなく、自己負担が100%になるだけというのも、無保険の人が一定数いる理由でしょう。

写真:公共の建物内に、複数の家庭医が入ってるタイプの病院-2

続いて処方箋について少し説明します。
日本では処方箋に保険が適用されますが、エストニアでも処方箋は基本自己負担50%(4歳以下の子供は自己負担0%などの例外規定もあります)、そのうち薬価に基本料3,5€がかかっています。
この自己負担率の計算が複雑なため、よく批判の的になっています。というのも、エストニアの健康保険基金が支払う金額は、先発品の他に後発品やジェネリック品がある場合、それらの金額を安い順に並べた際の2番目に高い薬価を100%として自己負担金を計算します。
例えば、ある一種の薬価がそれぞれ、4€、6€、16€、24€だったとした場合、購入する薬が1番高い24€のものだった場合、健康保険基金が負担するのは6€の50%である3€のみのため、一般的な患者は 『処方箋薬代』24€­『健康保険基金負担金』3€=21€ の自己負担額、自己負担率0%であっても『処方箋薬代』24€­『健康保険基金負担金』6€=18€ の自己負担額になります。

写真:少し大型の、日本でいうところの県立病院-1

このコラムの最後に説明するのが、「家庭医(perearst)」と呼ばれる、日本でいうところのかかりつけ医に該当するもののことです。
エストニアで病院を受診する際は、まずはこの家族医を登録する必要があります。この家庭医は基本的に内科診療のみを行います。登録する際に、ほとんどの人が自分が住んでいるところの近くの家族医を選びますが、特に登録に関して制限が設けられている訳ではないので、離れた実家近くの家族医を選んだり、引越しに伴い家族医を変えたり、逆に変えなかったりも可能です。特に地方都市になると、英語を話せる家族医は少なく、基本的にエストニア語かロシア語のどちらかになるパターンがほとんどのため、大都市の家族医を登録する人もいます。
この家族医ですが、内科診療が主なため、専門医の診察や高度の治療が必要な場合は、この家族医が大型の総合病院や専門医に紹介して診察を受ける流れになっています。
例えば、皮膚科を受診したい場合、家族医では対応できる範囲が決められているため、まずは家庭医を受診し、家庭医からの紹介をもって皮膚科に受診できます。ただ、ほとんどのケースで次の日に専門医を受信できる確率はとても低く、短いと数日、長いと3ヶ月待ちというのもザラにあります。
というのも、国民皆保険制度の原則と受診料無料のため、他の北欧諸国と同じく、受診希望者が多すぎることによって受診待ちが多く発生しています。政府自体があまりこの問題の解決に本腰を入れてないため、長期の受診待ちが発生した際に、緊急性が高くお金に余裕がある人は私立病院を自腹で受診するとい った国民皆保険の制度が成り立っていないパターンが多くあります。
ここまで少しネガティヴなことばかりを並べてしまったので、次回のコラムではe-Healthと呼ばれるオンライン制度のことや、EMOと呼ばれる緊急外来について経験を交えてお伝えしたいと思います。
それではまた、
Nägemist! (ナゲミストゥ=エストニア語でのさようなら)

写真:少し大型の、日本でいうところの県立病院-2